「筋トレ科学って、いつから始まったんだろう?」
「mTORとかボリューム理論って最近よく聞くけど、そもそもの原点は?」
そんな疑問に答えるべく、**“筋トレ科学100年の歴史”**を、
1920年代〜2025年まで一気に振り返ります。
- どの時代に、どんな発見があったのか
- その発見が、今のトレーニング理論にどう繋がっているのか
を、できるだけシンプルに整理していきます。
1. 筋トレ科学の始まり(1920〜1950年代)
1-1. 1923年「Fenn効果」― 筋収縮は“熱”とエネルギーを生む
筋トレ科学のスタート地点として語られることが多いのが、
**1923年 ハートリー博士による「Fenn効果」**です。
- 筋肉が収縮するとき、熱が発生する
- この熱は、筋肉がエネルギーを使っている証拠
それまで筋肉は「伸び縮みするだけのゴム」のように考えられていましたが、
**「筋肉=エネルギーを使う能動的な器官」**だと証明されたのが、この時代です。
1-2. 1939年「ATPの発見」― 筋収縮の燃料が特定される
次に重要なのが、1939年のATP(アデノシン三リン酸)の発見です。
- ATPを分解するときに出るエネルギーが
→ 筋収縮の原動力になっていることが判明 - ここで初めて、 「筋肉はATPという“エネルギー通貨”を使って動いている」
という現代の常識が生まれます。
1-3. 1947年「カルシウムイオンと筋収縮」
続いて、1947年のカルシウムイオンの発見。
- 筋細胞にカルシウムイオン(Ca²⁺)を注入すると、筋収縮が起こる
- つまり、筋肉が動くには
- ATP(エネルギー)
- カルシウムイオン(スイッチ)
の両方が必要だと分かったわけです。
今、教科書で当たり前のように書かれている
「Ca²⁺の流入 → アクチンとミオシンの滑走 → 収縮」
という一連の流れは、約80年前の発見にルーツがあります。
2. 筋トレ“理論”の誕生(1948〜1960年代)
2-1. 1948年「漸進抵抗運動理論」― 10RM理論の原点
1948年、整形外科医トーマス医師らによって
「漸進抵抗運動(Progressive Resistive Exercise)」理論が提唱されます。
ポイントはシンプルです。
- 「10回ギリギリ挙げられる重さ(10RM)」を基準にする
- その10回を基準に、徐々に重さを増やしていく
第二次世界大戦後、長期臥床で筋力低下・筋萎縮した兵士が大量にいた時代。
この理論をもとに訓練したところ、
- 兵士たちが効率よく筋力を取り戻した
- 「重い負荷×反復回数」をベースにした
現代の筋トレ処方の土台がここで完成しました。
今でもパーソナルジムでよく使われる
「10回ギリギリの重さを基準にしましょう」
という考え方のルーツは1948年まで遡ります。
2-2. 1957年「サイズの原理」― 速筋を動員するには“高強度”
1957年には、今でも筋トレ理論の中枢にいる
**「サイズの原理(Hennemanのサイズ原理)」**が提唱されます。
- 小さい力では
→ タイプⅠ線維(遅筋・細くて持久型)だけが働く - 大きな力を発揮すると
→ タイプⅡ線維(速筋・太くて瞬発型)が動員されやすくなる
つまり、
強い力を出さないと、大きくしたい速筋はそもそも動かない
という考え方です。
この時代はまさに
- 「高強度こそが正義」
- 「軽い負荷や高回数では筋肉は大きくならない」
という極端な価値観が支配していました。
(後の研究で「軽負荷×高レップでも条件次第で肥大する」と修正されていきます)
2-3. 1961年「筋サテライト細胞の発見」
1961年には、現代の筋肥大論で頻出する
**「筋サテライト細胞」**が発見されます。
- 筋線維の外側(基底膜と細胞膜の間)に存在する“筋幹細胞”
- 役割は
- 筋損傷の修復
- 筋肥大時に筋核を増やす“タネ”になる
この頃から、
「筋肥大=筋サテライト細胞が活性化→筋核が増える→筋線維が太くなる」
という“細胞レベルの物語”が少しずつ見え始めます。
3. 測定技術の革命(1970〜1990年代)
3-1. 1977年「筋生検」の普及
1970〜1990年代は、科学的には「測定法の時代」です。
- 1977年頃から筋生検が普及
→ 実際に筋肉の一部を採取して- 筋線維のタイプ
- 横断面積(CSA)
- ミトコンドリア量
などを直接観察できるようになります。
3-2. 1980年 マクドゥーガル博士の研究 ― “3カ月ルール”の原点
1980年、マクドゥーガル博士の研究では、
- 12週間(約3カ月)の筋トレで
- 速筋線維
- 遅筋線維
いずれも有意に肥大
- 一方、不動化(ギプスなど)ではCSAが低下
という結果が示されました。
ここから、
「目に見える筋肥大には最低3カ月は必要」
という、今でもよく言われる経験則の元ネタが生まれています。
3-3. 1990年代:MRI・超音波・安定同位体トレーサーの時代
1990年代になると、
- 超音波・MRIで筋厚・筋断面積・筋体積を非侵襲で評価
- 安定同位体トレーサーで
→ 筋タンパク合成率(MPS)を直接測定
といった技術が一気に広まり、研究の解像度が飛躍的にアップします。
3-4. 1997年 フィリップス博士「筋タンパク合成は48時間続く」
1997年 フィリップス博士らの研究では、
- 筋トレ後、48時間にわたって筋タンパク合成率が高い状態が続く
- 筋肥大には
- トレーニング刺激
- 食事(特にたんぱく質)
- そして「時間経過」
が密接に関わっている
ということが明らかになります。
今でもよく言われる
「筋トレ後48時間は筋タンパク合成が高まっている」
という情報は、この1997年の論文がベースになっています。
4. mTORと筋肥大シグナルの時代(2000〜2010年代前半)
4-1. 2001年「mTORの発見」― 筋肥大スイッチが見つかる
2001年、筋タンパク合成を司る“スイッチ”として
**mTOR(mammalian Target of Rapamycin)**が注目されます。
- 細胞内の
- 栄養状態
- エネルギー状態
- 機械的負荷
を“監視するセンサー”
- mTORがオンになると
→ 筋タンパク合成が促進される
筋トレ科学では、
「mTORがどれだけオンになっているか=筋肥大しやすい環境かどうか」
という考え方が広まりました。
4-2. SUnSET法の登場 ― 筋タンパク合成の“可視化”
mTOR研究の中で、SUnSET(サンセット)法という検査法も登場します。
- プロテイン合成の最中に取り込まれる**Puromycin(偽アミノ酸)**を使い
- 抗体で検出することで、筋タンパク合成を画像として可視化できる
これにより、運動・栄養・薬剤が
筋タンパク合成にどう影響するかが、より詳細に追えるようになりました。
4-3. 2006年 カリフォルニア大学の研究 ― 「強い張力=mTORオン」
2006年 カリフォルニア大学の研究では、
- 筋肉に**強い機械的張力(高負荷・高ストレッチ)**を与えると
→ mTORシグナルが強くオンになる
という結果が示されました。
「強い張力を与えることが、筋肥大の最重要条件」
という、現在の“機械的張力理論”の原型です。
4-4. 2010年「アミノ酸摂取もmTORに必須」
2010年の研究では、
- アミノ酸(特にロイシン)摂取が
→ mTORの活性化に不可欠であることが再確認されます。
ここから、
「張力(トレ) × たんぱく質(栄養)
この2つが揃って初めて筋肥大が最大化する」
という、現在の王道パターンが固まっていきました。
2000〜2010年代前半の筋トレ科学は、
“mTORが主役”の時代だったと言っても過言ではありません。
5. 筋ボリューム理論の誕生(2010〜2020年代前半)
5-1. 2010年「セット数を増やすと筋肥大しやすい」決定打
2010年、Journal of Strength and Conditioning Researchに掲載された論文では、
- シングルセット vs マルチセットの比較で
- セット数を増やした方が筋肥大しやすい
という決定的なデータが発表されます。
5-2. 2017年 メタ分析で「筋ボリューム理論」が確立
2017年、29本の研究をまとめたメタ分析では、
- 週あたりのセット数が多いほど筋肥大が大きい
- これは、**「重量 × 回数 × セット数」の総量(トレーニングボリューム)**に依存する
ということが明確に示されます。
ここから
「筋ボリューム理論」=筋肥大は総ボリュームに比例して増える
という考え方が、一気に広がりました。
5-3. その後:ボリューム理論の細分化
2017年以降は、
- 何セットまで増やすと効果が頭打ちになるのか
- 頻度(週何回)で分割すべきか
- 休息時間・強度・近接度(RIR)をどう組み合わせるか
といった、“ボリューム理論の微調整”に関する研究が集中して進みます。
6. 2020年以降のトピックス
6-1. 「追い込むべきか?」問題― RIR2でも十分肥大する
2020年以降の大きなテーマの一つが、
「筋トレは限界まで追い込むべきか?
それとも、余力を残しても問題ないのか?」
という問いです。
現時点の結論としては、
- **RIR0(完全オールアウト)**にこだわらなくても
- **RIR2前後(あと2回できる余力)**でセットを終えても
→ 筋肥大は十分に起こる
というデータが増えています。
つまり
「毎セット、死ぬまで追い込まなくても筋肉は大きくなる」
というのが今の科学のスタンスです。
6-2. 「可動域」と「伸張刺激」にフォーカス
もう一つのホットトピックが**可動域(ROM)**です。
- 関節可動域の中でも、筋肉がよく伸ばされる“最終可動域”を重視したトレーニング
→ 筋肥大率が高まりやすい - フルレンジ(全可動域)を基本としつつ、
特に伸張されるポジションで張力をかける工夫が有効
例:
- インクラインカールでボトムポジションを丁寧に
- RDL(ルーマニアンデッドリフト)でハムをしっかり伸ばす
- ケーブルやマシンで、“ストレッチポジションで負荷が強い”ように設定する
現在の最新科学では、
**「フルレンジ+伸張刺激重視」**が筋肥大のキーワードになっています。
7. 筋トレ科学100年をざっくりまとめると
最後に、この100年の流れを一気に振り返ります。
- 1920〜1950年代
- Fenn効果、ATP、カルシウム →
**「筋肉はエネルギーを使って動く器官」**であることが明らかに
- Fenn効果、ATP、カルシウム →
- 1948〜1960年代
- 漸進抵抗運動理論(10RM)、サイズの原理、筋サテライト細胞 →
高強度トレーニングと筋幹細胞の発見
- 漸進抵抗運動理論(10RM)、サイズの原理、筋サテライト細胞 →
- 1970〜1990年代
- 筋生検・MRI・超音波・安定同位体 →
筋肥大の“見える化”と3カ月ルール、MPS48時間ルールの確立
- 筋生検・MRI・超音波・安定同位体 →
- 2000〜2010年代前半
- mTOR、SUnSET、張力+たんぱく質 →
「張力×栄養」が筋肥大の細胞レベルの主役に
- mTOR、SUnSET、張力+たんぱく質 →
- 2010〜2020年代前半
- 筋ボリューム理論の確立 →
「重量×回数×セット数」が筋肥大のエンジン
- 筋ボリューム理論の確立 →
- 2020年代
- RIR(追い込み度)、伸張刺激、可動域の最適化 →
「どこまで追い込むか」「どのポジションで張力をかけるか」の時代へ
- RIR(追い込み度)、伸張刺激、可動域の最適化 →
8. これからの筋トレ科学とあなたのトレーニング
こうして100年を振り返ると、
- トレーニングの“基本形”は2000年前後にはほぼ完成しており
- 現在は、その理論をどこまで精密に・安全に・効率よく使いこなすかを検証している段階
だと言えます。
そして、現時点(〜2025年)の実務的な答えを一言でまとめるなら、
「十分なボリューム(週セット数) × 強い張力(特に長い筋長) × 無理のない追い込み(RIR0〜2)」
この3つを、
あなたの生活リズム・体力・怪我歴に合わせて最適化していくことこそが、
**最短で、そして長く続けられる“筋肥大ルート”**です。
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